戦前、国宝(現在の重文)に指定されていたものは、大阪の吉村邸(羽曳野市所在の旧庄屋の屋敷)と二条陣屋(京都市)だけでした。1998(平成10)年9月現在、全国で2,167件、3,646棟の民家が重文に指定され、独立家屋の保存については一応の発展が見られました。次に独立家屋ではなく、その集合体として歴史のある古い町並みには、ある懐かしさと文化や伝統のすばらしさが感じられます。
古い伝統のある地区(萩、倉敷、今井町など)では、昔の姿を見直す動きが出てきました。この動きに応じて文化庁は、1975(昭和50)年、伝統的建造物群保存地区及び、これと一体をなしてその価値を形成している環境を保存し、文化財の対象とする条項を加える改正をしました。俗に言う町並み(町家を中心とする分野)、集落(農漁村などが対象)、武家屋敷等がその対象で、町並み、集落は景観として保存されるもので、民家の内部までは規制しないものとされています。町並みの場合は隣家と接しているので、規制を受けるのは外観だけになります。長野県妻籠を見るとわかるように、対応できなくて困るようなことはほとんどなく、むしろ観光資源とすることで、経済的活力が生まれます。
旧脇町では、1984(昭和59)年、「脇町の文化を進める会」が発足、多彩な文化活動を行うと同時に、「町並み保存のシンポジウム」や、「まちづくりフォーラム」等を開いて町民を啓発、意識の高揚に努めました。続いて建設省から「手作り郷土賞」と「日本の道百選」に選ばれました。旧脇町は、1988(昭和63)年、市街地景観条例を制定するなど保存対策を進め、同年9月16日には保存地区を決定しました。文化庁は、これらのことを受けて、全国で28番目の町並みとして選定しました。
脇町の「うだつの町並み」の特徴は、
[1]東西に通じるメインの道路の長さは約430m、指定地区の面積は5.3ha、伝統的建造物は88棟、環境物件(石垣や井戸等)65件、修景物件(母屋、塀等)94件です。
[2]通りに面した母屋のうち、伝統的な町屋は50戸あり、そのうち22戸が間口四間半(9m)以上の規模となっています。敷地の奥行きは間口に比べて深く、80m以上のところもあります。
[3]建物の特徴は、屋根は本かわらぶきであり、2階の窓は防火に重点をおいた「虫籠窓」となっています。2階の屋根の両端にしっくい塗りの「うだつ」があります。
[4]建物で最古のものは、1707(宝永4)年の棟札は確認されています。保存計画では、昭和のものまで含めて母屋の7割となっています。
地元では全戸が参加して、保存会を結成。一致団結して、町並み保存と修復に努めています。また、住民有志は、ボランティア活動として、町並み見学者の案内にあたり、隠れた協力者となっています。
美馬市となった現在も、諸施設の改善等に力を入れ、観光地として魅力あるものに仕上げていくことに積極的です。